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お客様の声

メモリアルフォレスト多摩 川崎市 瀬戸口様

担当 鈴木

「哲学とは死に備えること」は古代ローマのキケロの残した言葉ですが、その真意はさて置き私はこの言葉に出会ってからずっと心を揺さぶり続けられています。
正に“世の役立ち人として今をしっかり生きる事が死に備えることですよ”と言われているような気がしてなりません。
がしかし“あれも欲しい、これも欲しい”と思う自分の物質欲と闘う事の多さ。物が溢れているから選択に迷います。その時に自分に言い聞かせるのが“多くを欲せずいい物を一点探す”です。その為にはモデルが必要です。今回のお墓探しも多くのモデルの中から探しました。まずは場所(環境)。新聞広告やネットから情報を得て捜している渦中に妻の友人から得た情報を頼りに行ったメモリアルフォレスト多摩。
これは妻も私も一目惚れ!さあ後は墓石です。
そこで再び前述の友人から紹介して戴いたこがねや石材さん。
初めて聞く名前ですから何も知りません。頼りになるのはその担当の方のみ。そんな不安は一瞬で吹き飛んでしまいました。鈴木弘子さんです。対応の全てが安心できる人柄に託す事に妻もOK!多くさんのモデルを見せて戴きながら的確なアドバイスの元イメージがどんどん湧いてきてその思いをデザイナーの難波昭広さんが見事に表現して下さいました。
何回かのリメイクを重ねていよいよ発注!出来上がりまでのワクワク感は何とも言えません。しかし自分の墓を創るのにネガティブに何故ならないのか?それは冒頭の「哲学とは死に備えること」の私なりの解釈がワクワクした思いを引き出してくれているに違いありません。
“オギャーッ(恩義やーっ)”と感謝の念でこの世に生まれ多くさんの人に支えられ人生を生き抜き最後に“ありがとう!(恩義やーっ)”と和やかに死んでいく為の準備を手伝って戴いたこかねや石材さんそして担当の皆様に心から感謝の念を伝えられずにはいられません。最後に墓石に自筆で刻ませて戴いた言葉を添えて感謝の言葉とさせて戴きます。

「曇り空なら風が吹くまで腰をおろしてひとやすみ
焦るな焦るな空の上はいつも青空
ありがとうの数だけ幸せくるよ!
来てくれてありがとう!」

上石神井霊園 杉並区 堀井様

担当 鈴木

ふたりで考えた素敵なお墓が完成しました。
こがねやさんの御助力のおかげです。
決して急ぎはしませんが、これで安心!
再会の場所ができたから・・・。
ありがとうございました。

ガーデニング霊園 悠久の丘 飯能市 石田様

担当 佐藤

私達夫婦は、お墓はまだ先のことと思っておりましたが、「寿陵」ということでもあり、またお花が大好きなので、ガーデニング霊園悠久の丘が気に入りました。
明るく静かで、季節ごとに植えかえられている草花に、心が和まされます。
こがねや石材さんの対応もとても良く、原寸大の、原稿は大変わかりやすく、こちらの希望を入れていただきながら、繰り返し相談させていただきました。
母が華道の先生だったということもあり、墓石には「華」・バラ・カサブランカを彫刻していただき、全体に丸みを持たせました。
ガーデニング霊園にマッチした、すばらしい仕上がりに感謝し喜んでおります。
メンテナンスも、今後しっかりとしてくださるそうなので、安心しております。

日本庭園陵墓 紅葉亭 相模原市 日髙様

担当 日髙

九州鹿児島に父母弟の為に墓を建てて、数十年経ちましたが、命日や彼岸時など、墓参りしたくても、なかなか思うように行かれないので、妻と「お墓を近くに移したいね・・・」と、つねづね話していました。
そんな時に新しい霊園が家の近くに出来たので、早速見学に行きましたら、至る所に古都京都の風情を感じ、迷わず改葬する事を決心しました。
匠の技が光る素晴しい日本庭園や、涼やかに風が吹き渡る竹林をながめられる場所にお墓を移す事は、自分たちの終の棲家としても満足いたしました。
そして、私がこだわった思いは、子供の頃から雄大な桜島を見て育ちましたので、お墓のどこかに桜島を表して欲しかったのと(あなたのかわり、世界中探したってどこにもいない)という意味の、「唯一無二」という言葉を、墓石に彫刻して欲しいと希望しました。
妻は桜の花が大好きなので、その言葉の周りを、満開の桜で飾って欲しいと願いました。 そして数ヶ月後に完成した我が家のお墓は、私達の希望をはるかに超えた素晴しい出来上がりで、しばらく言葉が出て来ませんでした。
子供の頃にながめていた桜島は、少し右肩下がりでしたが、香炉の形を桜島に見たてそのまま再現してくれたうえ、今現在も活火山なので、お線香をたくと上部に開けた穴からあたかも噴煙のように煙が出る加工など、少し遊び心を盛り込んでくれたのです。
「唯一無二」という言葉を囲んでいる、満開の桜を見ている妻の瞳が、うるんでいたように見えたのは気のせいでしょうか。
全体のデザインや彫刻にいたるまで、、「世界中探したって絶対にどこにも無い!!」我が家の永遠のシンボルのお墓を建てていただき、心よりありがとうございました。

メモリアルパーク花の郷墓苑〔厚木・宮の里〕 厚木市 長谷山様

担当 日髙

主人はつねづね、亡くなった後も家族のそばにいたいから、お墓は自宅から近い所がいいと希望しておりました。
友人が近くに霊園が出来たよと、新聞のチラシを見せてくれたので、早速家族で霊園に行きました。
その時に案内してくださったのが、こがねや石材の日髙さんです。
接客態度がすばらしく、いろいろと親身になってお話を聞かせてくださいました。
霊園は設備や周りの環境もよく、とても気に入りすぐに決めました。
墓石は自分たちが納得のいくものをと、家族で何度も話し合い、彫っていただいたカサブランカ(ゆり)の花の位置や、つぼみの向き、字体にもかなりこだわりました。
日髙さんは熱心に何度も足を運んでくださって、私たちの希望通りのお墓を完成させてくださいました。
生前にお墓を建てたからこそ、ゆっくりと時間をかけ満足のいくものが出来たと思っています。
日髙さんには心から感謝しています。

和光寺 メモリアルガーデン国分寺 国分寺市 八谷様

担当 清水

私は九州の出身で、かれこれ30余年は国分寺地区に住んでいます。
先祖の菩提寺は出身地の九州にあり、過去50年ほどは家族の誰もが死去することなく、毎年の先祖の供養は、ご供金だけを送って、和尚様にお願いしてきました。
3年前に母が亡くなり、三回忌まで何度か九州まで往復しましたが、これから年をとるに従いお墓参りも大変になり、子供たちも、馴染みの無い遠方の土地まで行くこともなくなるだろうと思っていました。
ちょうどその頃、我が家のすぐ近くに墓地の分譲があると知り、即座に決めました。
九州のお墓は未だそのままですが、何かほっとした思いです。
こがねや石材さんには多くの注文も聞いていただき、感謝しています。
最近は散歩コースにもなって、四季の景色を楽しんでいます。

武蔵ヶ丘霊園 狭山市 M.K様

担当 佐藤

このたび、私達にとって主人の納骨を無事に済ませ、落ち着きを取り戻して思った事。
まだ元気だった主人の車で、数ヶ所の墓地を探しに行きました。
最後に決めたのが武蔵ヶ丘霊園でした。
新聞の広告も参考にして見学に行きました。
今主人が眠っている墓地は、ほとんど建立していなくて広々としていました。
今回数十年振りで霊園に行ってみると、季節柄ツツジの生垣が立派に成長して、美しい花を咲かせていました。
小鳥の鳴き声も聞こえる森に囲まれて、幹線道路から奥に入った静かな所で、初めて見学した時より素敵な霊園になっていました。
またいつ行っても管理が行き届き、きれいにされています。
墓石も私達の思った通りに完成させてくださった、こがねや石材様にも感謝しています。
心ゆくまで私達の想いをお聞きくださり、今後も安心してお任せ出来ると信じています。
また管理事務所の方もいろんな質問にお答えくださり、心より感謝いたしております。

多磨霊園 府中市 内田様

担当 見上

墓地として望んだことは、宗教色がないこと、公園のような環境であることでした。
幸い、その望みは、かなえることができました。
次は、お墓をつくることでしたが、なにぶんにも初めてのことで、まず何軒かのお店で話を聞くことから始めました。
総合的に考えて、こがねや石材さんに決めました。
このお店は、担当の人が始めから終りまで変わることがなく、お墓の形、つくり方、材質、刻字の詳細まで私共の考えを丁寧に聞いてくれました。
清楚、簡素を第一にした、望みどおりのお墓をつくることができました。

新三郷ビハーラ霊園 三郷市 栗田様

担当 鈴木

きっと、いつも私のそばにいて見守ってくれてますよね。
亡くなってしまってから、何事に対しても真直ぐに正直に立ち向かって、全速力で生きていた主人が、自慢で誇りに思われてなりません。
終の棲家を探しながらも、他界した現実を認めたくない気持ちでしたが、自宅近くの霊園を選びました。
中央には息子が選んだ言葉「真」、周りには日本を代表する「桜」、夏が大好きだったので「ひまわり」を、雨模様の日は全てが隠れてお休みし、晴れると鮮やかに浮き上がるような特殊な手法の彫り方です。
目の前には子供たちが通った中学校、後ろには電車の往来、横にはコンビニ、賑やかな声と音と光に包まれた場所に、主人に精一杯の愛情を注ぎ込めて、世界一の素晴らしいお墓を建てていただきました。
主人の生き方が姿を変えて墓石となりました。
自慢です。
きっと気に入って、褒めてくれているでしょう。
早く来い、と言っているでしょうが、もう少し待って・・・。
こがねや石材さんとは、主人がめぐり合わせてくれたご縁を感じております。
親身になって、私たち遺族の想いを汲み取っていただきましたことに感謝いたします。
ありがとうございました。

所沢シティメモリアル 狭山市 中村様

担当 清水

昨年父が死去してから慌しく葬儀を終え、さてお墓はという段になって、私も母もいろいろ迷うばかりでした。
現在は埼玉県に住んでいるとは言え、私たち家族は全員が北海道出身です。
特に父は、最期まで自分の出身地の写真を懐かしそうに眺めていました。
いったいお墓はどこに作るべきなのか。
ある日、駅で「所沢シティメモリアル」の広告を目にして行ってみることにしました。
そこで石材店の方の説明を聞いて、ここなら私たちの望むようなお墓ができるかもしれないと思いました。
父が無宗教だったため、従来の形式には合わないことが多かったのですが、それも相談にのっていただけました。
そして、今年の春に父のお墓が完成しました。
デザインは家族みんなで考えて、父が少年期から青年期を過ごした故郷の海岸や岬の風景と、北を示す北斗七星を組み合わせて作りました。
美術大学に入学したばかりの孫が描いた岬の風景のお墓に、父もさぞ満足して眠っているだろうと思います。
ここならお墓参りもしょっちゅう行けるし、また多くの花が植えられていて心も和むので、ここに決めてよかったと思います。

西久保様

ふりそそぐ太陽、たくさんの緑・花に囲まれた悠久の丘に墓地をお願いしたのが七月 でした。
蝉の声もせわしい八月十八日に百日祭をかねて納骨しました。
六十歳の若さで亡くなった主人を思い、私・娘三人の精一杯の気持ちをお墓に託しました。
娘のデザインした墓に眠る事ができ、主人は本当に幸せ、喜んでいてくれると思います。
来世で再び会えた時、本当の意味で微笑みあって手を握りあえる日が来ると思います。
主人の最後の言葉、see you againを墓石に、大事にしていた黄色の牡丹、こよなく愛した山女魚と共に永遠(とわ)に安らかに眠って欲しいと思います。

久光家様 ~千の風になって

妻の墓は、花に囲まれた悠久の丘に建てました。
妻は生前ガーデニングが好きで、花をこよなく愛していましたのでこの霊園に決めました。
お墓のデザインについてはいろいろアドバイスをいただき、納得できるものができたと思っております。
墓碑には「千の風になって」の文字を刻みました。
流行っていた「千の風になって」の歌の原作を読んだとき、この言葉に決めました。
妻は若くして逝ってしまいましたので無念さが残っていましたが、この詩を知ったとき、残されたものは救われたような気がしました。
“私は死んでなんかいません 千の風になって”いつも残された家族を見守っていてくれているのだと。
この霊園はいつも花にあふれ、明るい雰囲気で迎えてくれるので、とても気に入っています。

勝田家様

娘が突然自分の前からいなくなり、想い出だけが残る生活を迎える日がくるとは思いもしませんでした。
12年という短かすぎた人生、娘に何をしてあげられたか振返ると数少なく、悔まれてなりません。
そこで出来る限りの事をしてあげたいという気持ちでお墓をつくりました。
娘は生前ファッションモデルに憧れ、亡くなる2日前にオーディション用に撮った写真が皮肉にも遺影となってしまいました。
その優しい笑顔が想い浮ぶ様なお墓を望み、このお墓となりました。
お墓というかたちにはなってしまいましたがモデルとなった事を、娘も喜んでいると思います。
親身に相談にのってくれたこがねや石材さんに感謝しております。

園部家様

主人のとつぜんの死にぼうぜん自失のありさまで、涙に暮れる毎日でした。
日が経つにつれて思いは何かにつけても尽きぬものでしたが忌明けも近くになりますのでお墓のことを考え三、四日をかけ数箇所の霊園巡りをしました。
最後に訪れた霊園がこの「悠久の丘」でした。
広々とした段差のない霊園は所狭しとお花が咲いており、まるで悲しみの私をも慰めてくださっているかのようでした。
すぐにこの霊園が気に入り決めさせていただきました。
それからと言うものは、お墓のデザイナーの方と度々話し合いをし、私どもの夢と想いと希望をとりいれてくださりまた、そのつど新しいデザインを届けていただきました。
「悠久の丘」の約束どおり一緒にすすめるお墓づくりそのものでした。
お墓は優しい主人らしく、マホガニの石で、すべてに丸みをつけ中央にFor Youとやさしい字体を刻んでいただきました。ついの棲に相応しい穏やかで素敵なお墓になりました。
折りしも納骨日は九月初日、まだ残暑が強く日中は三十度もありましたが、季節は新秋の気配が漂ってました。
主人のお墓の上を二匹の赤とんぼが悠々と飛びまわっておりました。

あなた
ここはどこよりもはやく四季を感じる所ですよ。 好きなジャズを聞きながら、毎日本を読むには静かで最高な場所でしょうね。
どうぞゆっくりお休みください。

For You あなたへ

埼玉県日高市 K様

「二人で歩んだ人生のご褒美に。」
埼玉県日高市のK様

今年の春の定年を機に、今までの人生、これからの人生を想いました。 私の実家は奥会津、妻は岩手。
両親が共に亡くなり、お墓参りもだんだんと遠くなったこともあり 二人が元気なうちにお墓を建てようと決めました。
田舎の墓の土を少しいただいて、完成したお墓には実家の兄がくれた「真」の字に、子供達が真っ直ぐにほしいとの願いもこめて彫り、子供達の未来の花がいっぱい咲くように真っ赤な紅梅の蕾を刻みました。
Kankeの文字は娘が想いをこめて書いてくれ右下にバランスよく入れました。
このお墓は、私たち夫婦が自分たちに贈る最後のご褒美。
両親のお墓の土も入っており時々、お参りに行きたいと思っております。

大和市 M様

亡き夫は、民族学や地域ボランティア活動などに生甲斐を感じる人でした。
また、自然を愛し、野山の可憐な花を愛し、孫達を愛し、その孫達に本の読み聞かせをしてあげる事を心から楽しんでいる人でした。
出来上がったお墓を見た時、今までのお墓のイメージとは全く異なり、夫の個性が最大限に活かされていて想像以上でした。
私共の希望を、ここまで聞き入れてくださったこがねや石材さんの熱意には心から感謝しております。

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